2016/06/08 01:35

ARTISTは、売れているからとか、才能が有るからとか、売れないからとか、絵が旨いとかへたくそだとかは関係がないと思う。己自身の気付きの問題のみだと思う。己自身でアーティストだと思えばよいだけのこと。一般に売れているアーティストの作品にろくなものはない。売る事などを考えて作ったものはARTでは無く商品にすぎない。

ARTISTはマスターベーションし続けてこそ本物。

以前ジャカルタとシンガポールのギャラリーがスポンサーだった。シンガポールではかなり多くのギャラリーを訪ね歩いた。そんな中から連絡をくれたギャラリーがあって、その後サポートしてもらった訳だが、やはり売りやすい作品を創作するように言われ続けた。

もちろんアートもビジネスなので、彼らのいう事もわかる。むしろ俺の暮らしのためにそう言ってくれてると思えた。しかし俺がARTISTとして己のフィロソフィーを、純粋に作品として表現して行く上で、お金のために筋を曲げ魂を売ることは、卑しく思え。そういう人たちもいるし、それに対して否定する気も無い。それぞれの考え方の違いだから。そういう人の方が圧倒的に成功もしている。

展覧会をするためにギャラリーをまわると、たまに聞かれるのは、どこの芸大出身ですか?ということだった。ARTはその作品の直接的な良し悪し(表現力)が問題であり、ストレートなものなので、学歴など持ち込めない世界。始めから人に教えられることを望むようなものは、コンテンポラリーARTISTではないとさえ思う。コンテンポラリーアートは常に時代のヘッジを歩み、フィロソフィーも含めたKOOLの追求だと考えていいる。前人未到のジャングルを独りで切り開いて行くようなものであるべきだ。

例えばBANKSYは、ルーブル美術館に自身の作品を無許可で、かってに掛けて数ヶ月間だれにも気付かれなかったことで、アートテロリストと呼ばれ評判になったが、それもコンテンポラリーアーティストのひとつの表現方だと思う。歴史に残る偉大なアーティストの作品も俺の作品も何ら変わることは無いのだ、ということを世の中に鋭く突き付けてた。

その後、彼はイスラエルから本当に可愛そうな仕打ちを受け続けている、パレスティナ人たちの閉じ込められているガザ地区へ命がけで入り込み、内側の壁や瓦礫に、狙撃兵に狙われながら絵を描き続け、その悲惨さを世界に向けて突き付けた。

ARTISTとはこのようなものだと思うし、これがアートの持つパワー。

自分自身に対して正直に生きて行くことは、非常に困難な時代であるのは確かだが、それも含めて己の道を追求して行くことこそARTISTの本分だと考えている。

共感してくれる人たちも必ずいると信じて。