2017/05/23 01:42

sufism https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0


かつて、はるか西方の町に、ファーティマという名の娘が住んでいた。
 
彼女の父は裕福な紡ぎ職人だったが、ある日、その父親がファーティマにこう言った。「娘よ、これから私たちは、お父さんの仕事で地中海の島々へ出かけることになった。もしかするとこの旅で、お前は立派な美しいし成年と出会い、その若者と結ばれるかもしれないな」
 
二人は出発し、島から島へと旅をした。父親が商いに精を出しているあいだ、ファーティマは自分の将来の夫になる若者の事ばかり夢見ていた。ところがクレタ島に向かう途中、船が嵐に襲われて沈没してしまったのであった。この事故によって父親は死に、彼女は荒海に投げ出され、半ば意識を失った状態でアレキサンドリア近郊の海岸に打ち上げられたのであった。
 
精根尽き果ててしまったファーティマは、それまでの自分の人生をかすかにしか思い出せなかった。
 
浜辺をさ迷い歩いているところを、彼女は機織の一家に発見された。機織は貧しい生活をしていたにもかかわらず、ファーティマを自分たちの粗末な家に連れ帰り、機織の技術を教えた。こうして、ファーティマの第二の人生が始まり、二年もするうちに、彼女は自分の不運をあきらめ、幸せに暮らすようになった。

 

ところがある日のこと、ある用事で海辺に出かけたとき、奴隷商人の一団が上陸してきて、あたりにいた他の人々と一緒に彼女をさらっていったのであった。
 
ファーティマは自分の運命をひどく嘆き悲しんだ。しかし、奴隷商人たちはいささかも哀れみを示すことなく、彼女をイスタンブールへ連れて行き、奴隷として売りに出した。こうして、またもや彼女の世界は崩れ落ちた。
 
その日は、市場に、たまたま数人の買い手しかいなかった。船の帆柱を作らせる奴隷を探していた男が、不幸なファーティマの落胆振りを見て、他のものに買われるよりは、自分のほうが少しはましな暮らしをさせてやることが出来るだろうと思い、ファーティマを買うことにした。
 
男はファーティマを、妻の女中にするつもりだった。ところが家へ帰る航海の途中、海賊に船荷を略奪され、わが家にたどり着いたときには、全ての財産を失ってしまっていた。作業人を雇えなくなった男は、自分と妻とファーティマと3人で帆柱を作る労働に従事した。
 

自分を救ってくれた主人に感謝して、ファーティマが一生懸命に働くので、男はファーティマを自由の身にしてやった。こうして彼女は彼の協力者となり、この3度目の人生でもそれなりの幸せをつかんだ。
 
そんなある日のこと、主人がファーティマにこう言った。「ファーティマよ、私の代理人として、ジャワへ帆柱を運んでもらいたい。必ず高く売って来てくれよ。」ファーティマは出発した。
 
しかし、中国の岸を離れたところで、またもや台風に襲われ、船が難破してしまったのだった。再び見知らぬ国の海岸に打ち上げられたファーティマは、何事も予想通りには運ばず、うまくいきはじめたかと思うと、必ず何かが起きて希望を打ち砕かれてしまう自分の人生を嘆き悲しみ、涙を流しながら叫んだ。
 
「わたしが何かを始めると、どうしていつも悲しい結果になってしまうのですか。どうしてこんな、ひどいことばかり起きるのでしょう!」
 

しかし返事は無かった。彼女は浜辺から身を起こし、陸地に向かって歩きはじめた。
 
さて、中国にはファーティマのことや彼女の事故のことを知るものは一人もいなかったが、いつの日か異国の女性がやって来て、皇帝のために天幕を作るという言い伝えがあった。当時、中国には天幕を作れる者がいなかったので、中国人は皆、この予言の実現する日をいまかいまかと待ちわびていた。
 
歴代の中国の皇帝はこの異国の女性の来訪を見逃すことが無いように、年に一度、国中の町と村に使者を送り、新たにやって来た全ての異国の女性を、宮廷へ連れて来るように命じていた。
 
ファーティマがよろめきながら海辺の近くの町に入っていったのは、ちょうどそのような時期であった。人々は通訳を通じて、彼女に宮廷に出頭しなければならない理由を説明した。
 
「おまえは天幕を作ることが出来るか」と皇帝はたずねた。「できると思います」とファーティマは答え、縄を用意してほしいと頼んだ。しかし、彼女が必要としているような縄はどこにも無かったので、彼女は紡ぎ職人の娘だったことを思い出しながら、亜麻の繊維を紡いで縄を作った。
 
次に彼女は丈夫な布を求めたが、そのような布は中国にはなかったので、ファーティマはアレキサンドリアの機織たちと一緒に暮らしていたときの経験を活かして、天幕用の丈夫な布を織った。
 
そして最後に、天幕を支える柱が必要になったが、そのような柱も中国には存在しなかったので、彼女はイスタンブールの帆柱作りの親方から学んだ方法を思い出しながら、頑丈な柱を作り上げた。
 
これらのものが全てそろったところで、ファーティマは全神経を集中してそれまでのたびで目にした全ての天幕の記憶を蘇らせ、見事な天幕を完成させたのだった。
 

この驚くべき出来事は直ちに皇帝に伝えられ、皇帝はどのような望みでも叶えてやるとファーティマに言った。彼女は中国にとどまりたいと答えた。
 
その後、彼女は、美しい王子と結婚し、大勢の子供たちに囲まれながら、最後の日まで幸せに暮らした。
 
これらの冒険を通じてファーティマは、我慢できないほど悲惨だと思った体験が、最終的には幸福を形成する本質的な要素になったのだ、ということを知った。
 
(平河出版社 スーフィーの物語より)